人間の寛容

『春を背負って』というタイトルが示唆するように、『季節のめぐり・時間の経過』 という万人に平等なものを、誰もが知らず知らずに背負っていっているという根本的な人間存在の等しさ・許し(救い)がほのめかされているのである。

天真爛漫で仕事熱心で思いやりのある高澤愛は、アルプスの少女的な過剰な人物設定になっている感じもあるが、『春を背負って』は、基本的に昭和レ トロな闇金相談 さいたま映像・人物の雰囲気があり、オーソドックスな『家族と自然の融和の物語』を前面に押し出した作品である。

最新の今風の映画とは対極的な映像世界と物 語であり、古くて温かい人間関係や自然との付き合い方のようなものが伝わってくる場面に満ちている。

最終的には、菫小屋でお互いを知って共に働くようになった長嶺亨と高澤愛が結びつくという展開に流れていくが、自分勝手に生きてきたツケで誰とも 深く結び付けないと覚悟するゴロさんを、亨が『血縁・婚姻に縛られない家族』として全的に承認しその命を本人の申し出を無視して強引に救うことで、自然の 包容感と人間の寛容とが強調されている。

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